慢性痛の症例

集学的痛み
センターが
して
くれること

慢性痛の診療で最も難しく、かつ大切なのは正しい評価です。

つまり、原因(病気やケガなど)が治った後も痛みがおさまらない(=報知器が誤作動している)理由をあらゆる角度から調査・検討し、適切な治療に結び付けていくのです。

このページでは、慢性的な痛みを発症し、集学的痛みセンターに紹介されてきた患者さんの実例を通して、集学的な痛み治療への理解をお手伝いします。

※評価とは
患者さんの状態を把握するために用いる1つのプロセスのことで、完全な病歴、医学的な検査、身体所見、学習技能検査、日常生活を営む能力、精神状態、患者さん自身が利用可能な社会的支援、地域の状況などが含まれます。
慢性痛ドキュメンタリー

これって
線維筋痛症?

謎の全身痛に襲われたAさん(30歳、女性)が、痛みの原因と治療法に出会うまで

Aさん(女性、30歳)
職業:高校の理科教師
家族構成:4姉妹の末っ子。独身
既往歴:バセドウ病(通院中)、月経困難症(通院中)、副鼻腔炎(通院中)
2021年7月~ 「パニック障害」で休職中

Aさんは、全身痛(線維筋痛症)の患者さんで、自己主張が苦手な人にありがちな「過活動(働き過ぎなど)」と典型的な「過剰適応(自分よりも周りの都合を優先させ、つい無理をしたり、頑張ったりしてしまう)」によって、逃れ難い痛みの迷宮に入り込んでしまいました。

医療機関としての治療は、運動療法や認知行動療法が主体になりますが、一番大切なのは「これまでの生き方自体を治すこと」。それができれば痛みは薬なしで治ります。でもそれには、大前提として、治療チームがAさんを正しく把握し、Aさん自身に、自分を知っていただくことが必要でした。

集学的痛みセンターの4人の専門家が臨んだ、評価と治療のプロセスの一端をご紹介します。
(長文になりますが、ご了承願います)


謎の痛みが次々と

Aさんは2020年秋ごろから、新型コロナ感染症への対応で多忙になる(業務量が2倍に増えた)のと同時に、首~肩にかけて痛みが出現した。聴こえに異常が生じる「耳管開放症」に加え、身体をぶつけると痛みを異常に強く感じるようになり、下半身に筋肉痛のような痛みもあり、続けていた筋トレやジム通いもできなくなった。

2021年5月頃からは痛みがさらに強くなり、パニック発作や過換気発作などを併発。眠りが浅くなり、7月になると、夜間に目が覚めるように。さらに8月には副鼻腔炎を発症し、その頃から痛みが全身に広がり、線維筋痛症疑いで、「脳神経内科」を受診。

最初に診察した脳神経内科医のカルテより

診断名:その他の慢性一次性疼痛

全体にむくみあり
左下肢の痛みは、腰の神経症状、および踏ん張りすぎて膝蓋腱を痛めている
上半身の痛みは運動不足に由来するものと思われる
本人が「運動していた時は体調良かった」と語っていることから、運動は負荷を考慮して実施する必要あり

一般病院での診断・治療は難しいと判断した医師は、大学病院の「脳神経内科」を紹介。その後、理学所見、検査所見では器質的異常が認められなかったため、「集学的痛みセンター」を受診することになった。


【4人の専門家が診察】3時間30分※所要時間の目安

看護師、医師、公認心理師、理学療法士の4人が順番に診察し、集学的評価をした。

1 看護師の心理社会的インテーク(面談)30分

これまでの経緯のほか、痛みの質についての聞き取り。

◎どんな痛み?
  • 首~肩 重りが乗っているような疼痛
  • 背部 鈍痛 針が刺さるような疼痛
  • 両大腿後面
  • 両膝内側

そのほかしびれが広がるような症状はなし

2 医師の診察 1時間

症状の経過を詳しく確認しながら、痛みの原因を明確にしていく。脳神経的所見ももとに、身体的な異常はないことも確認。

◎大変さ、つらさを医師の視点でチェック
  • 2021.5月頃から不眠と肩凝りの増悪。誘因ははっきりしないが、慢性的に仕事の負荷は強かった。また5月に過換気発作が有りパニック発作と言われた。
  • 2021.6月頃より集中力が続かなくなった。
  • 2021.7月に入って徐々に背部・臀部・膝の痛みが出現するようになり、倦怠感・疲労感が異常に強く、1時間程度の買い物や料理などでさえ数時間の休息が必要になる状態であった。不眠も強く、肩や首の重だるさで呼吸が浅くなり、しんどくなって目が覚める。手紙を書いていた時、全身が氷のように冷たくなって強く痛み、呼吸するのもつらく、身の置き場のないような状態が2時間程度つづいた。
  • 2021年7月中旬より休職。ストレスは多いものの、人間関係や仕事に悩みは特にはなかった。心が病んでいるような自覚はない。
  • 体重は元々70キロ台(2020年秋ごろ、ジムに行けなくなって一時3キロ増えたが、現在は減量し、元に戻っている)。煙草・酒はやらない。痛み・圧痛以外には神経学的な異常ははっきりしない。ロキソニン(鎮痛剤)はまったく効果なし。

3 理学療法士の機能的診断 1時間

痛みについて詳しく聞き取った後、全身の筋肉や関節の動き具合、痛み等を細かく検査し、評価。

◎評価
  • 全身的に血流が悪く、軽く浮腫みがある(バセドウ病の影響か?)。
  • 圧痛も浮腫みから起こっていそう。特に頸部、肩甲骨、背中の筋肉が過緊張を起こしている。自分でも自覚されている。
  • 調子が崩れる2年程前はジムでトレーニングすると浮腫みもよくなり、首、背中の張りも良くなっていたとのこと。調子を崩してから、運動できる気力、体力がなくなった。
  • 左下肢の痛みについてはDTR*、腓骨筋の筋力低下を認める。腰からの神経症状の影響もあるかもしれない。
    *DTR(深部腱反射しんぶけんはんしゃ)運動系(錐体路系)障害や末梢神経障害の診断の目安となるため神経学的検査として非常に頻繁に用いられている。
治療について
  • 治療は、現状況では軽いストレッチくらいが良い。
  • 体調が回復されてからウォーキングなどから始めていくのが良いと思う。

4 公認心理師によるインテーク(面談)1時間

痛みの原因に、心理的にアプローチ。

◎集学的診療・初診心理評価
  • 疲労感・重だるさで家事や外出のしにくさあり。
  • 受診等で外出すると、翌日は動けなくなる。
  • 休職は年度末まで診断書あり。2年間は可能。
  • 金銭的な心配はないが、今まで通りの働き方をするとまたしんどくなるだろうなと思う。
  • 仕事が自己実現だったが、折り合いをつける必要があると理解しつつ難しい面もある。
  • 月経困難やバセドウ以外では身体不調なし。
治療について
  • 不眠、疲労感あり。休養を継続し、外出しても翌日1日寝込まない程度の体力の回復を見てから介入を始めるのがよいか。
  • 疲労やパニック様症状を予測して行動抑制あり。⇒現時点では適応的な対応に思われる。

【集学的カンファレンスで治療方針を決定】15分

4人の専門家が、それぞれの診察結果と考えを持ち寄り、Aさんの痛みの原因と治療法について話し合った。

治療方針

  • 1か月経過観察。休養を勧める。
  • 様子を見て、運動療法、認知行動療法の適応を探る。
  • 疼痛漢方指導医に紹介。

集学的痛みセンター 医師の考察

Aさんを最初に診察した脳神経内科医へ。
集学的痛みセンター 医師からの手紙より

Aさんの痛みのベースには過活動があり、パニック、不安、不眠の状態で無理な仕事を続けたため、疲労困憊してエネルギーがなくなっている状態かと思います。現在は、疲労感が強く、体力もなくなっており、軽いストレッチ以外運動療法も難しい状態のようです。

慢性痛に対する集学的治療をスタートするには、まだまだ無理な状況かと思います。
そこでAさんには、もう少し瞑想やストレッチなどしながら1月間ほどゆったり休養することが大事なことをお伝えさせていただきました。

1月後に再診として、当科の医師による東洋医学診断と漢方治療の予約もいれておきました。上記の状態をみて、スタート時点になれば、心理療法、運動療法からの集学的治療の探るようにさせていただきます。

枯渇していたエネルギーが復活して、治療に取り組む気力がでてくれば、ストレッチ、ペーシングなどの指導をしながらの運動療法、理学療法、リラクセーション、マインドフルネス、ストレス対処法トレーニングを含めた、認知行動療法を心理士のもとで併行して行います。

そうすれば、通常は半年、1年ほどで自己効力感が上がり、全身の痛みは気にならなくなり、自己治癒力で人生そのものがいい方向に向かうことが予想されます。

誰にでもこりうる

慢性痛とその
治療例

地域のいたきんネットの連携医療機関から、集学的痛みセンターに紹介された患者さんの症例をご紹介します。

2か所の整形外科を受診した

腰、背中、肩の痛みで寝たきり予備軍になった
Bさん(75歳、女性)の場合

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【症状】

5才年上の夫は3年前にがんで他界。2人の息子はそれぞれ独立して一人暮らし。2年ほど前から腰や背中が痛みだし、近所の「整形外科(1)」で「変形性腰椎症」と診断され牽引や電気治療を受けてきたが痛みは一向によくならず、無理をしてはいけないと考え、趣味のコーラスや料理教室も行かなくなってしまった。

その後は食事の支度も億劫になり、出来合いのもので済ます日々。痛い場所は腰だけでなく背中や肩にも広がり「このままでは寝たきりになってしまうかも」と不安な毎日を送っていたところ、心配した息子が、「母さんにあいそう」と一駅先の「整形外科(2)」を勧めてくれたため受診。診察の結果「脊椎の変形は年相応で痛みは変形性腰椎症によるものではない。改善のためには、痛みはあっても動いたほうがよい」とのアドバイスを受けた。ただ、痛みがつらく、一人で生活していくのにも支障が出始めている状況は大変だろうと、集中的に治療することを勧められ、地域の病院の「集学的痛みセンター」を紹介された。

【診断と治療】

集学的痛みセンターでは、慢性痛(慢性疼痛)専門の医師による診察の後、理学療法士に身体の動きを念入りにみてもらい、作業療法士に一日の過ごし方を詳しく尋ねられた。Aさんの慢性的な痛みは変形性腰椎症によるものではなく、痛みを察知する身体アラームの誤作動によるものだった。

その後の治療では、医師からまず、身体がよくなったらどんな生活を送りたいか、どんなことをしてみたいかを尋ねられた。(人生を楽しむことなどもう無理だ)とあきらめていたAさんは、答えることができなかったが、「リハビリを中心とした治療で、今できていないこともできるようになりますよ」との説明を聞き、安堵した。

3週間入院し、リハビリ室での自転車漕ぎや療法士と一緒に散歩するなどを続けるうちに、少しずつ動けるようになって行った。痛みとの付き合い方についても指導を受け、退院してからの、買い物に行ったり料理をしたりする生活をイメージできるようになった。

退院後は、痛みはまだあるものの2日に1回は買い物に出かけ、夕食を自分で作っている。散歩は日課となり、外出も苦でなくなってきた。友人とも電話で話して楽しめるようになり近くコーラスを再開しようかと考えている。整形外科(2)へは引き続き、骨粗しょう症の治療に通っているが、痛みの治療は卒業した。

歯科、心療内科、ペインクリニックを受診した

口腔内の痛み、不眠や肩こりで何もする気にならない
「空の巣症候群」になったCさん(52歳、女性)の場合

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【症状】

55歳会社員の夫と二人暮らし。2人の子供はそれぞれ独立し結婚している。2年前、口の中が痛くなり「歯科」治療を受けたが治らない。やむなく抜歯したが、痛みはさらに悪化し、半年前から口の中が乾燥して話しづらくなってきた。夜も眠れなくなってきたため、「心療内科」に通院して睡眠薬を服用している。

「ペインクリニック」での治療を勧められ、神経障害性疼痛と診断されて投薬や神経ブロック治療を受けているがあまり効果は感じられない。ブロックは怖いけれども、少しの間は痛みが軽くなる気もするので続けている。

肩こり、頭痛、倦怠感といった症状がひどく、立っていられないこともあったため家事をしなくなり、食事は夫が買ってきてくれる弁当で済ますようになった。洗濯や掃除は週末に夫がまとめてしてくれている。迷惑をかけて申し訳ないと感じている。

知人の勧めで地域の病院の「集学的痛みセンター」を受診した。

【診断と治療】

医師の診察の後、作業療法士に一日どうすごしているかを詳しく尋ねられた。臨床心理士からは大学卒業してから今までの仕事や生活について尋ねられた。医師からは、身体がよくなったらどんな生活を送りたいか、どんなことをしてみたいかを尋ねられたが、Bさんは何も思い浮かばなかった。

歯がないのに歯が痛いと感じる病気には「非歯原性歯痛(ひしげんせいしつう)」という歯科の病気があるが、詳細な診察の結果除外された。残ったのは「空の巣症候群」。これは、子どもが家を出たり結婚したりしたときに、多くの両親が陥りがちな状態で、燃え尽き症候群、五月病などにも似ている。

集学的痛みセンターの医師は、「3か月間週に一度、認知行動療法のために通院治療する」ことを提案してくれた。投薬や注射をしない治療だということで、正直、本当に効くのかどうか半信半疑だった。

だが、治療は効いた。週に一度、臨床心理士と会話し、作業療法士に普段の生活での目標を伝え、何ができたかを報告した。医師とは家族のことや親のこと、好きなことや嫌いなことなどとりとめのない話をしていた。するとどうだろう。気が付けば体の不調は消え、気持ちが前向きになり、楽しいことを考えられるようになっていた。

原因は「食いしばり」

交通事故後、整形外科に通院していた
顎関節症から腰痛、股関節痛になったDさん(44歳、男性)の場合

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【症状】

Dさんは、コンテンポラリーダンサー(振付師)と鍼灸師をしている上に、格闘家でもある。仕事は忙しい。駐車場でのもらい事故により、負傷したDさん。8ヶ月で症状固定したが、その後も腰痛、股関節痛が持続。日内変動が大きく、起床時に強い腰痛があり、伸展動作、ウェイトトレーニング、ダンスの翌日に痛くなる。症状固定1年後に「整形外科」から集学的痛みセンターに紹介された。元々の腰痛持ち。事故にあった頃も、激しいダンスや高負荷筋力トレーニングなどを行っており、股関節の痛みに関しては事故が誘因ではないとの自覚がある。腰痛に関しては事故の後に違和感はあったが、明確な悪化要因ではないと思っている。被害者意識はない。

MR検査では椎間板ヘルニア、椎間板膨隆が認められ、股関節の異常は認めなかった。

【診断と治療】

診断名は、「慢性一次性四肢痛」。顎関節の高負荷トレーニング、食いしばり状態の持続によると考えられる高度な筋肉拘縮に伴う中枢感作、骨盤水平位をとれないことによる腰痛が疑われた。そこで顎関節の筋膜リリースを行ったところ、腰痛、股関節痛とも消失。

Dさんに、強いくいしばりが持続したことによる顎関節症からの、腰痛、股関節痛であることを説明したところ、よく理解された。

以上から、治療方針は、主にセルフケア、鍼灸、顔面筋のケア、高負荷トレーニングの回避と決定。高負荷トレーニングなどでの食いしばりを避けること、骨盤水平位をとれるようなストレッチ、姿勢の補正、顎関節、側頭筋の鍼灸治療していくこととした。その後、痛みは緩和され、セルフケアをしながらダンサーの仕事も続けている。

受診の手引き

いたきんネットでの
受診をお考えの皆さんへ

自分は慢性痛かもと思う場合、まずは本サイトの診療ネットワーク連携医療機関リストから、お近くの病院・クリニックを探して受診してください。必要に応じて、集学的痛みセンターを紹介してもらえます。
※集学的痛みセンターの受診には、紹介状が必要です。

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